相生市は古代から栄えていたのだ!

by denpatu

内蔵助ゆかりの手水鉢。私、間違えておりました;

今日、那波・荒神山の神事に行ってまいりました。
神社の世話人の方、我が会の重鎮も参加の中、宮司さんがカシコミカシコミと
神事を行われ、参列者は玉ぐしをお供えし、滞りなく終わったのでありました。

荒神山の社は5つ。
妙見宮、三島社、三宝荒神(煎り豆荒神)、塩窯社、最上国光稲荷大神と並んでいます。
いつもは開かない厨子を開けさせてもらってじっくりと拝見させて頂きました。
色々な発見があり、とても幸せな気分でした。

しかし、ここで重要な間違いも発見されました。
この間、写真を載せた大石内蔵助の手水鉢。
…間違えてました。
こっちでした。
f0234845_177172.jpg

こんなに小さかったとは。
鉢に「大石可笑」(大石内蔵助良雄の雅号)と彫ってあったらしいけど、風化して分かりませんでした。
元禄時代、赤穂藩主・浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)がこの荒神をあつく信仰していたそうで
家来を毎月、参拝させていたらしいです。
浅野内匠頭が参勤交代で赤穂をたつ時、荒神山に立ち寄りオカメ笹を植え、今もその笹は青々と茂っているのでした。
時を越えてのロマンですなあ。
しかし何で笹なのか?
またの宿題です。

↓ 阿亀笹(オカメササ)
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by denpatu | 2010-06-05 17:48 | 相生市の伝説