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相生市は古代から栄えていたのだ!

by denpatu

タグ:忠臣蔵 ( 8 ) タグの人気記事

那波の田中邸

最後の公開に行ってきました。
建物は江戸時代のものだそうですが、田中家は江戸以前よりこの地に住まいしている豪商でした。
昔々は土地を多く所有しており、今の那波中学校、図書館のあたりまで私有地だったそうです。
赤穂義士の神崎与五郎にも畑を貸していたという。
そんなお宅だから珍しい物も多く残っていました。
難しすぎて読めない(汗)神崎与五郎の直筆の書とか、廻船問屋だったころの鑑札とか。
すべて赤穂市に預けるそうです。
預けられない屋敷は、改造されている建物とはいえ、潰されてしまうかもしれないというのはもったいない限りです。
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昔のトイレが奥にある庭

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田中家が浅野家から拝領した家紋。
田中の名字は損所そこらにあふれている田中さんとは違い、殿様から頂いた特別な名字だそうです。


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by denpatu | 2011-07-08 22:34 | いろいろ見学
資料館としてでも残してもらえないだろうかと思います。
相生市は文化財としての保護を断ったとか。
相生市は歴史に関心が薄いとつくづく思う。
いや、歴史どころか教育・文化・他所との付き合いにも関心がない。

後で「残しておいた方がよかった」などと言っても、壊したら最後、二度とはもどらないのです。


神戸新聞 相生の古屋敷「田中家」解体へ 最後の一般公開
http://www.kobe-np.co.jp/news/seiban/0004213059.shtml



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by denpatu | 2011-06-29 09:12 | ひとりごと
昨日の投稿の修正です。


原園龍一氏の講演会 『若狭野の歴史を知ろう』

古代から栄えていた兵庫県相生市。
特に若狭野地区は和泉式部と子式部内侍の伝説があり、
地元の人も知らない話が多くあります。
昨年発見された、新しい忠臣蔵の資料の話もわかりやすく
原園龍一氏が解説してくれます。


場所 若狭野多目的研修センター  相生市若狭野町八洞152-6
とき AM9:00~


 



伝承文化を発信する会も便乗して宣伝をさせていただく予定です。


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by denpatu | 2010-08-16 12:04 | 伝承文化発信活動
ちょっとオカメザサを調べてみました。
笹と名前がついていますが竹の種類のようです。
これだと松竹梅の竹で縁起がいいし、植えて行くのも納得です。
それに竹は繁殖力が強いので子孫繁栄の願いもあるのです。
このあと、浅野家はああなってしまいましたが…。


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by denpatu | 2010-06-07 23:05 | 相生市の伝説
今日、那波・荒神山の神事に行ってまいりました。
神社の世話人の方、我が会の重鎮も参加の中、宮司さんがカシコミカシコミと
神事を行われ、参列者は玉ぐしをお供えし、滞りなく終わったのでありました。

荒神山の社は5つ。
妙見宮、三島社、三宝荒神(煎り豆荒神)、塩窯社、最上国光稲荷大神と並んでいます。
いつもは開かない厨子を開けさせてもらってじっくりと拝見させて頂きました。
色々な発見があり、とても幸せな気分でした。

しかし、ここで重要な間違いも発見されました。
この間、写真を載せた大石内蔵助の手水鉢。
…間違えてました。
こっちでした。
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こんなに小さかったとは。
鉢に「大石可笑」(大石内蔵助良雄の雅号)と彫ってあったらしいけど、風化して分かりませんでした。
元禄時代、赤穂藩主・浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)がこの荒神をあつく信仰していたそうで
家来を毎月、参拝させていたらしいです。
浅野内匠頭が参勤交代で赤穂をたつ時、荒神山に立ち寄りオカメ笹を植え、今もその笹は青々と茂っているのでした。
時を越えてのロマンですなあ。
しかし何で笹なのか?
またの宿題です。

↓ 阿亀笹(オカメササ)
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by denpatu | 2010-06-05 17:48 | 相生市の伝説

これがメインの手水鉢!

この間、5月30日に毎年恒例の相生ペーロン祭が開催されました。
天気もよく、風が涼しかったので気持ちのいい祭となりました。
パレードも終わり、ペーロン舟の競争も終わり、テキヤさんも片付け始め
お客さんも帰り始めた頃、ここからが私の宿題の始まりです。
この間、撮り忘れたメインの手水鉢を荒神山に撮りにいかねばならんかったのです。
那波の裏通り、人一人通れるだけのくねった道を山に向けて進む。
人ん家の庭なのか道なのか謎の道も通りつつ、やっぱり方向音痴が発揮されました。
神崎与五郎の井戸前に出ようとして得乗寺前につきました。(:´Д`)
また、元の角までもどって違う道へ。
なんとか荒神山の石段へたどり着くことができました。
ちょっと寄り道して上の墓地を見学して、手水鉢と御対面!
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この間の大雨で水のかわりに木の葉がたまり、土の跳ね返りでさらに汚くなってしまってました。
これが大石内蔵助が寄贈したとか、自ら掘って作ったと言われる手水鉢なのかー。
周りに石柱らしきものが転がってたりするので昔はちゃんと祀られてたのかもしれません。
今週、荒神祭があるので色々と聞いてみようと思います。
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by denpatu | 2010-06-02 14:04 | 相生市の伝説

神崎与五郎の孝行井戸

相生・伝承文化を発信する会のホームページにも載せました『神崎与五郎の孝行井戸』
相生市の那波に、その井戸はあります。
相生市は昔、一部が赤穂藩だったので忠臣蔵で有名な四十七士も那波に住んでいたのです。
四十七士の中の一人、神崎与五郎という人は大変な孝行息子で勇名だったようです。
母が不治の目の病になったときも、山の社に出かけては神に毎日祈っていたそうです。
その熱心さに心動かされて、女神様は与五郎に目の病の治し方を教え、その教え通りにすると
たちまち、母は目の病が治ったそうです。


その伝説と、その目の治療に使われた井戸が現存すると聞いて私はまた、いらん考えを思いついてしまったのでした。

「井戸の水を目薬の瓶に入れて売ったら売れるかも…相生の名産品になるかも…」

ちょっと考えれば水質調査はひっかかるだろうし、薬事法にもひっかかるだろうし。
それに、ここの井戸水で目を洗うだけで病が治るわけではなく、
1.天下台山より昇る光を口に受け
2.赤松の葉をかみ締め
3.井戸水で目を洗い
4.塩水を飲む

そして一番大切なのは信神心。
信神心のない人には効かないんでしょうな~。


全国に誇れる相生土産が欲しいよ。


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by denpatu | 2010-05-27 23:42
相生・伝承文化を発信する会の書類のことで、会の重鎮に家に来ていただいた。
書類の修正も済み、時間が出来たので、今まで撮りためていた相生市内の画像なんかを見てもらっていた。
那波の荒神山の画像を見てもらって「これが煎り豆荒神さんの三宝荒神で、これが国光稲荷の社で…」と説明してるときに

「あんた、手水鉢の写真は撮らなんだんか?」

え?手水鉢?あったっけ?そういえば…
「そういえば、雨水に落ち葉がたまってて汚い手水鉢がありました。汚かったので撮らんかったです。」

「あれは大石内蔵助が手を洗うた言う、伝説の手水鉢なんやで!あれ撮っとかなアカンわ~」

そうか!そんな貴重な物やったのか。(:´Д`)
反対側にあった謎の石を撮ってたよ。これも何か伝説がありそうやけど。
また荒神山に登って撮って来な。orz


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by denpatu | 2010-05-22 23:02 | 伝承文化発信活動